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浦和地方裁判所 昭和56年(行ウ)7号 判決

原告

金子良雄

被告

川合喜一

右訴訟代理人

宇津木浩

川合善明

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

「1 被告は、川越市に対し、金二億一三九五万円及びこれに対する昭和五六年八月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文同旨の判決を求める。

第二  主張

原告・請求原因

1  原告は、埼玉県川越市の住民であり、被告は、地方公共団体である川越市(以下地方公共団体たる川越市を単に「市」という。)の市長である。

2  被告は、市の市長として昭和五六年七月三一日訴外西武鉄道株式会社(以下「西武鉄道」という。)に対し、当時市が所有していた川越市脇田本町七番八宅地2750.60平方メートル(以下「本件(二)土地」という。)を代金八億五八一八万七〇〇〇円で売り渡した(以下「本件(二)契約」という。)。

3  しかし、本件(二)契約による本件(二)土地の売渡は、違法な財産の処分である。

(一)  地方公共団体が行う売買は、地方自治法(以下単に法という。)二三四条により、特定の場合のほか一般競争入札によらなければならず、地方自治法施行令一六七条の二所定の場合を除き、随意契約の方法によることができない。

ところが、被告は、右の除外事由がないのに、競争入札に付することなく、随意契約の方法で本件(二)契約を締結した。

(二)  また、被告は、その裁量権の範囲を著しく逸脱して不当に低廉な価格で本件(二)土地を売却した。即ち、本件(二)土地の価格は、本件(二)契約締結当時、少くとも一平方メートル当たり金三八万九八〇〇円を下らないにもかかわらず(市は、同契約締結より約二年間前の昭和五四年五月二四日本件(二)土地の北側に市道を隔てて存する脇田本町六番一の土地を小川泰幸に一平方メートル当たり金三八万九八〇〇円で譲渡しているから、同契約締結時における本件(二)土地の一平方メートル当たりの単価は、少なくとも右金額を下廻るものではなかつたというべきである。)、同契約では一平方メートル当たり金三一万二〇〇〇円として価格が取り決められた。

4  被告は、本件(二)契約の締結が前記のように違法であることを知りながら、又は、過失によつてこれを知らないで、西武鉄道との間で、同契約を締結したものである。

5  以上の被告の行為によつて市が被つた損害額は、一平方メートル当たり金三八万九八〇〇円として算出した本件(二)土地の価格金一〇億七二一三万七〇〇〇円と、本件(二)契約における前記約定代金との差額金二億一三九五万円である。

6  原告は、昭和五六年八月一七日付で、前記2の被告の行為につき、市監査委員に対し、監査請求し、措置について同年一〇月一一日通知を受けたが、これに不服がある。

よつて、原告は、法二四二条の二第一項四号により、市に代位して、被告に対し、右損害金二億一三九五万円及びこれに対する本件(二)契約締結の日の翌日である昭和五六年八月一日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告・認否

1  請求原因1、2及び6の各事実は認める。

2  同3の事実について

(一)  (一)は、本件(二)土地の売買を随意契約によつてしたことが地方自治法施行令一六七条の二が定めるいずれの事由にも該当しないとの主張を争い、その余の点を認める。

(二)  (二)は、本件(二)契約の約定代金が一平方メートル当たり金三一万二〇〇〇円として定められたことを認め、その余は争う。

3  同4及び5の事実は、否認する。

被告の主張

1  (随意契約の適法性)

本件(二)契約については、次に述べるとおり、地方自治法施行令一六七条の二第一項二号の「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当する事由があつた。

(一)  本件土地売却の経緯

市では、昭和四九年一〇月一一日の都市計画決定以来、同市の表玄関とも称すべき国鉄川越駅東口における公共施設の整備拡充及び土地利用の高度化を図り、地域商業の振興を期するために、川越駅東口市街地再開発事業を推進しているが、右事業においては、再開発ビルを建設し、駅前広場と周辺道路の整備を行なうため、これに伴う転出者の代替地対策が急務となつた。従前、市では、右の対策として、主に川越駅西口の市有地を払下げ処分することにより対処してきた。しかし、昭和五四年ころから、右西口市有地は、地価及び用途等の点において転出者の希望にそぐわなくなつてきたため、市では川越駅周辺に適当な代替地用の土地を物色していたところ、当時、仮設の駐輪場として市が西武鉄道から賃借していた川越市脇田本町一二番三外一九筆の同社所有地(以下これらを総称して「本件(一)土地」という。)が右転出者のための代替地としての要件のほかに、借家権者等のための再開発住宅店舗用地、更には公害問題化していた川越駅周辺の放置自転車対策上必要な駐輪場用地としての要件も具備していることが判明した。

そこで、市は、西武鉄道に対し、昭和五四年一一月二日、本件(一)土地の譲受を正式に申入れ、爾後同社との間に交渉を重ねたが、西武鉄道は、右交渉において、同地を譲渡する代りに、市所有の本件(二)土地を代替地として交換又は売却して欲しい旨強く希望し、これが受け容れられない限り本件(一)土地の譲渡には応じられない旨の態度を示した。このため、市としては、本件(一)土地を取得する必要上本件(二)土地を西武鉄道に売却することにしたのであつて、もともと同土地の売却は、一般競争入札になじまず、随意契約の方法による必要があつた。

(二)  なお、市が西武鉄道に対する本件(二)土地の譲渡につき、本件(一)土地との交換契約の形式をとらず、売買契約の形式をとつた理由は、以下のとおりである。

(1) 本件(一)土地のうち、市が駐輪場又は再開発住宅店舗用地として取得する川越市脇田本町二五番四、二五番五等の土地については、公共用に供するために他人の財産を必要とする場合にあたるから、これらの土地は、市議会の議決がなくとも、市の普通財産との交換が可能であるが(川越市の財産の交換、譲与、無償貸与等に関する条例二条一項一号)、東口都市再開発事業の実施に伴い転出者等に供する代替地として取得する同町二三番五等の土地は、普通財産となるため右条例の要件を充足せず、交換に適さないと判断された。加えて、本件(二)土地は一筆の土地であるから、これを交換に付するためには、分筆をしたうえ、その一部を本件(一)土地の交換に適する部分と交換する(残余は売買の方法により西武鉄道に譲渡することになる。)という方法を採らざるを得ないが、かくては、取引の形式を複雑にするばかりで何の益するところもない。

(2) 都市再開発事業の実施に伴う代替地の取得については、国からの補助金制度はないが、駐輪場建設については、建築する建物の価格の二分の一及び取得する用地の価格の三分の一につき、再開発住宅店舗建設については建築建物、用地価格の各二分の一につきそれぞれ国からの補助金が得られる制度となつているため、右補助金制度を利用するには、本件(一)土地を交換によつてではなく、売買により取得する方が有利であつた。

2  本件(二)土地の売買価格の相当性

被告は、右土地の売買契約を締結するにあたり、相手方である西武鉄道ともども財団法人日本不動産研究所(以下「日不研」という。)に、本件(一)土地及び本件(二)土地の価額の鑑定評価を依頼する一方、更に慎重を期するため、市独自で、東京建物株式会社(以下「東京建物」という。)に対し同様の鑑定評価を依頼した。被告は、右依頼にかかる二つの鑑定評価の結果を市議会の総務建設委員会協議会にも諮つて比較検討したうえ、右各土地の鑑定評価額は相対的に低いけれども、右各土地の評価額の差額の比較上市にとつて有利である日不研の鑑定評価結果に従つて右各土地を売買することに決定したものである。

原告の認否

被告の主張1及び2を否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、2及び6の事実は当事者間に争いがない。

二次に、市と西武鉄道との間に本件(二)契約が締結されるに至つた経緯について検討する。

〈証拠〉を総合すると次の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

1  市は、昭和四九年一〇月川越駅東口地域について都市計画決定がなされて以来同地域における公共施設の整備拡充及び土地利用の高度化を図り、地域商業の振興を期するために川越駅東口市街地再開発事業(以下「東口再開発事業」という。)を推進しているが、これに伴い、右事業区域内に土地所有権、借地権、借家権等の権利を有する者のうち他所への移転を希望する者のための代替地の確保が必要となつてきた。

2  市は、右代替地については、当初川越駅西口土地区画整理事業地区域内の市有地の一部をこれにあてるという基本方針を立て、この方針に基づいて右地区域内の市有地の処分について審議する西口市有土地処理委員会を発足させた。本件(二)土地も、右西口土地区画整理事業地区域内の市有地であり、市は、昭和五四年ころ東口再開発事業地区域内の権利者に対し、これを住宅移転代替地、店舗移転代替地等として処分することを打診したが、同地は、宅地としては地価が高すぎ、また商業地としては繁華性に乏しいという理由で、その払下げを希望する権利者が存在しなかつた。そこで、市は、代替地対策として、西口土地区画整理事業地区域内の市有地にこだわらず、周辺の民有地を直接市が買収し、これを希望者に払下げる方法を採ることとし、川越駅西口周辺に右代替地の要件に適合する土地を物色したところ、西武鉄道所有にかかる本件(一)土地が、代替地としての要件を備えているとの判断に達した。これは、本件(一)土地が川越駅北側の踏切脇から西武鉄道線につながる曲折のある細長い土地で、県道川越所沢線等三本の道路によつて四区画に区分されており、そのうち右踏切に近接する区画は、川越駅西口から右踏切を経て新富町へ抜ける人通りが多く、商業用地に適し、西武鉄道線寄の二区画は住宅用地に適しているというように多目的利用が可能な土地と判断されたからであり、現に昭和五五年一〇月八日、東口再開発事業地区全体会議において、本件(一)土地の取得を市当局に対して要請する旨の決議がなされ、この決議に基づいて同年一〇月一八日、川越駅東口市街地再開発事業地区協議会から当時の市長加藤瀧二に対し、同土地の取得を要望する旨の文書が提出されたほか、同年一二月八日には、同協議会から当時の市助役で市長職務代理者であつた被告に対し、右同趣旨の陳情書が提出されたほどであつた。また、市は、当時、急増する川越駅周辺の放置自転車の処理についても対策を迫られていたが、本件(一)土地は、その一部を右対策の一環としての駐輪場敷地にも利用しうるものと判断された。

3  かくして、市は、昭和五四年一一月西武鉄道に対し、本件(一)土地の買収を申し入れたところ、同社は、同地の譲渡には応ずる意向を示しながらも、同地の代替地として本件(二)土地を払下げて欲しい旨を強く希望した。右要望に対し、市は、層当初本件(二)土地の払下を条件としない本件(一)土地の買取を主張したが、同社は、市街地又はその周辺に用地を確保するとの経営方針に基づいて、同地を手離す代りに本件(二)土地を取得したいという態度を崩さなかつた。このため、市としても、本件(一)土地の取得が必須である以上、西武鉄道の右要望に応ぜざるを得ないと判断するに至り、爾後、市と同社との間に、同地と本件(二)土地の交換的譲渡を基本線として、譲渡の条件に関する交渉が重ねられた。

4  市と西武鉄道は、右交渉の過程において、それぞれが本件(一)土地又は本件(二)土地を取得する法形式を交換契約によるか、それとも各独立した売買契約によるかについても協議したが、市は最終的に後者の形式を選択することにした。その理由は、被告の主張1(二)(1)及び(2)に摘示したとおりである(なお、市が当時見込んでいた補助金交付額は、再開発住宅店舗用敷地の取得と同建物建築に関して約金一億四五五〇万円、駐輪場用地の取得と同施設の建築に関して約一億八二〇〇万円であつた。)。

5  市と西武鉄道は、本件(一)土地と本件(二)土地の価格を決定するために、共同で日不研に右両地の鑑定評価を依頼し、その鑑定結果を得た。これによると、昭和五五年七月三一日時点における本件(一)土地、同(二)土地の更地としての正常価格は、それぞれ金七億九六八六万六〇〇〇円、金八億五八一八万七〇〇〇円であつた。更に、市は、右両土地の価格評価の客観性を担保するために、単独で東京建物に対しても同様の鑑定評価を依頼したが、同社の鑑定評価結果によると、右同時点における本件(一)土地、同(二)土地の更地としての正常価格は、それぞれ金九億五三八二万五〇〇〇円、金一〇億〇三九六万九〇〇〇円であつた。市は、右二つの鑑定評価結果を比較検討し、東京建物の鑑定評価は、右両土地につき相対的に高い価格評価をしているけれども、これにおける右両土地の評価額の差額は金五〇一四万四〇〇〇円であるのに対し、日不研のそれにおける評価額の差額は金六一三二万一〇〇〇円であるから、後者に準拠して価格決定をすることが市に有利であると判断した。

6  かくして、本件(二)土地については、昭和五六年七月三一日市(売主)と西武鉄道(買主)との間に代金を八億五八一八万七〇〇〇円として売買する旨の合意がなされ(本件(二)契約)、他方、本件(一)土地については、これを左記のとおり用途に従つて四区画に区分したうえ、前同日と同年八月一二日の二回にわたり、その区分毎に日不研の前記鑑定評価にかかる単価に基づき代金を定めて売買する旨の合意(以下これらの合意を総称して「本件(一)契約」という。)がなされた。なお、本件(一)土地につき、右のとおり四箇の売買契約が締結されているのは、専ら、市の職制上、土地の用途区分に応じてその買取担当部課が異なるため、事務手続の便宜を考慮したことによるものであつた。

区分

目的土地

川越市脇田本町

(地番のみ表示)

売買年月日

代金

用途

担当部課

1

二五―一五(一部)

二三―五

二三―一一

二四―二二

二九―一九

二九―二〇

二九―二一

二九―二二

二九―二三

二九―二四

二九―二五

昭和五六年

七月三一日

三億〇八二八万

九三一〇円

東口再開発事業の

代替用地

企画財政部

管財課

2

一二―三

三八―二九

同右

一億四九三四万

九四〇八円

再開発住宅店舗

建設用地

都市計画部

再開発課

3

二五―四(一部)

二五―五

昭和五六年

八月一二日

六二五三万

一〇四〇円

仮設店舗

建設用地

同右

4

二五―四(一部)

二五―九

二五―一〇

二五―一三

二五―一五(一部)

同右

二億七五二〇万

五八四〇円

駐輪場建設用地

同右

三ところで、原告の請求原因3、4の主張は、本件(二)契約による本件(二)土地の売却は、その方法において地方自治法施行令一六七条の二の規定に違反し又はその約定代金が不当に廉価である七との瑕疵が存し、それ故に違法ではあるが、右売買契約の私法上の効力自体は有効であつて、市が同土地の所有権を喪失していることを前提として、市長たる被告に対し、右契約により市が被つた損害の賠償を市に代位して請求するものであることは明らかである。

しかしながら、本件(一)契約及び本件(二)契約の締結に至る経緯に関する事情を前記認定事実の範囲に限定したとしても、これに照らしてみれば、西武鉄道から市への本件(一)土地の、市から西武鉄道への本件(二)土地の各所有権移転は、形式上それぞれ別個独立の売買契約(本件(一)契約、同(二)契約)に基づいてなされているけれども、実質的には相互に反対給付の関係にあり、これを一個の交換契約と目しうる余地が十分に存するといわなければならない。果してそうであるとすれば、その交換契約については、地方自治法九六条一項六号により市議会の議決を経なければならず(本件(一)土地の取得が全体として前記市条例の規定する要件を充足するとみるのは困難であろう。)、右議決のない以上その交換の効力は無効と解さざるを得ないことになるから、本件(二)契約を独立の売買契約と把えて、その私法上の効力が有効であることを前提とする原告の前記主張は、すでにこの点においてその正当性に疑問を投げかけざるを得ない。のみならず、仮にこの点の判断をひとまず留保し、原告主張のように本件(二)契約を独立の売買契約とみなすとしても、市が同契約により請求原因5のような損害を被つたとの主張もまた理由がない。なるほど、〈証拠〉によれば市は昭和五四年五月二四日本件(二)土地の北側に市道を隔てて存在する脇田本町六番一の土地を小川泰幸に一平方メートル当たり金三八万九八〇〇円で計算した価格で譲渡したことが認められるけれども、右単価をもつて本件(二)契約締結時における本件(二)土地の適正単価と認むべき証拠はない。かえつて、〈証拠〉によれば、市が小川泰幸に売却した右土地は、道路との位置関係、容積率、地形等の点において本件(二)土地よりも優れており、取引時点の相違を考慮しても、右二つの土地の価格評価に右のごとき差異が生ずる合理的理由がないとはいえないこと(なお、右小川泰幸に譲渡した土地の価格も日不研の鑑定評価に準拠したものである。)、前記のとおり、本件(二)土地の価格評価は、日不研が行つた鑑定評価結果に基づくものであるが、同研究所は建設省が推奨する鑑定業者で、市も従前から同研究所に多数の不動産鑑定評価を依頼してきたこと、前記のとおり、市は、日不研のほか、東京建物にも本件(一)土地及び本件(二)土地の価格の鑑定評価を依頼しており、同社の鑑定評価結果は右日不研のそれに比して、本件(一)土地及び本件(二)土地につき相対的に高い評価を下しているけれども、その差異はさほど大きいとはいえないし、右両土地の価格差という観点からすれば、後者の鑑定評価結果に準拠する方が市にとつて有利な結果が得られることが認められ、これらの事実に鑑みれば、本件(二)契約により市に請求原因5のごとき損害が発生したと認むべき余地はないというべきである。

そうすると、結局、本件においては、原告主張のような損害が市に発生したことの証明がないというに帰するから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当というべきである。よつて、これを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(高山晨 小池信行 深見玲子)

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